見せるストーブリーグですが相変わらず僕は不満を覚えます。
日本のメディア(向こうもそうなのかな?)、もっと齋藤隆を
取り上げろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ってことでどこもかしこもその他の選手ばかりを取り上げるので
今日はここで齋藤"Sammy"隆をたっぷりとご紹介しましょう。
齋藤投手はベイスターズ出身でハマの番長こと三浦大輔投手と
同期入団。(ドラ1位、大学ではハマの大魔神こと佐々木の後輩)
ベイスターズ時代は野村投手とともに巨人キラーなんて呼ばれた
時代もありました。96年には最多奪三振王を受賞!翌年は怪我で
一年棒に振りますが98年13勝を上げのリーグ優勝、日本一にも貢献。
その後リリーフ転向等模索する中、多くの怪我にも泣き、年齢も
考え「一度でいいからメジャーのマウンドに立ちたい」という
気持ちでベイスターズから自由契約となり、36歳でメジャー挑戦。
近年の成績や年齢等でどこにも拾われず、結局ドジャースの
マイナー選手として契約。開幕メジャーこそ果たせなかったが
クローザー、ガニエの故障でメジャー昇格、セットアッパーと
して登板し続け、その安定感を買われクローザー昇格。
LAの湿度や気候が合ったのか古傷の右肘も調子良く、
持ち前のスライダーと速球が日本時代より遥かに冴え、結果
72試合(チーム最多)に登板し、6勝2敗24S、防御率2.07、107奪三振を記録。
オフには年棒100万ドルでドジャースと契約、たった一度の
マウンドの夢はとんでもないアメリカンドリームへとなった
わけですよ。カッコいい。。。
07年にはオールスター出場、日本人初の月間最優秀救援投手賞
受賞、年間2勝1敗39S、防御率1.40の成績を残し、更に倍の
200万ドルでドジャースと契約。この年日本人メジャー最高球速となる99mph(約159km/h)をマーク。
長くなるので成績に関しましては成績表を下に記載しますので
それを見て下さい。
ちなみに今シーズン終了後の大リーグ公認の記録専門会社
「アライアス・スポーツ・ビューロー」が作成した格付け
ランキングではイチローと齋藤隆が「A」ランクの評価。
日本人メジャーリーガーとして現役ではイチロー、松井に
次ぐ実力者で、引退した野茂や長谷川、佐々木等に名を連ねる
存在であることは間違いないでしょう。
そして更に素晴らしいのが彼は選手とのコミュニケーションを
大事にすること。チームのムードが悪い時には侍のコスプレで
選手を笑わせたり、移動のバスでカラオケを歌ったり、チーム
メートからの信頼も厚かったようです。
(レッドソックス時代は田澤投手が師と仰いでいたようです。)
有名な感動秘話として2006年9月18日のパドレス戦、プレーオフ
進出に向け絶対に落とせない試合で、斎藤は9回表に1点ビハインドの
状況から登板するも制球が定まらず打ち込まれ、差を4点に広げられ
てしまう。ガックリ下を向く斎藤にチームメイトが「上を向け」
「おまえがいたからここまで来られたんだ」「俺達が点を取ってやる
から見てろ」と斎藤を励ましたという。そして9回裏、奮起したドジ
ャース打線が反撃を開始、4番のジェフ・ケントから4者連続でソロ
本塁打を打ち同点に追いつく。この後10回表に再び1点を勝ち越され
るもその裏、斎藤を一番に励ましていたというノマー・ガルシアパー
ラが逆転サヨナラ2ランをレフトに放ち、ドジャースは劇的な勝利を
収めた。同点に追いついたとき、斎藤はチームメイトの励ましに感動して涙したという。
感動ですね。Sammyならではの人望や!
08年(ドジャース在籍時)には地元ロサンゼルス市から市民に
希望を与えた人物を表彰する「ホープ・オブ・ロサンゼルス
(ロサンゼルスの希望)」賞が授与される等人間的にも愛され、尊敬される存在となりました。
ドジャース→レッドソックス→ブレーブスときて来季はどこで
プレーするのか今から楽しみでなりません。
【メジャーでの成績】
2006年(ドジャース)72試合 6勝2敗24S、防御率2.07、107奪三振
2006〜2010年Total 292試合 17勝13敗84S、防御率2.19、366奪三振
(Staff Suzuki)